★眺めのいい部屋☆.。.:*・°

- A Room With a View - リニューアルオープンしました♪

★頑張らない介護日記♪

何度でも言うし♪

月の半分ほど仕事をこなし、後は友達と出かけたり
ランチに行ったり、でもいつもいつも気にかかって仕方ないのが母のこと。
週のうち2日アツツハイマーの人ばかりを集めたデイサービスに行っている。
その他の2日は、ヘルパーさんに入ってもらって夕食を作ってもらう。

日曜は弟がいるし何とかなっているのでしょう。
ヘルパーさんもデイサービスもない曜日に、母のところにご飯のおかずを
はこんだり、いろいろと用事をしに覗きに行くことにしている。

忘れるのが病気、新たに記憶することができないのが母の病気。
そうとわかっていても、何時間もいっしょに過ごすとこっちが
おかしくなってしまいそうになることも。

さっき言ったやん! またおんなじ事を言う! などという言葉を
母に投げかけることは厳禁。 そうだとわかっていても、言ってしまうのよねぇ。
で、バトル・・・・・・。 (*ー.ー*) まぁバトルになったとしても、娘と言い合い、
ケンカになってしまったことも、母は何時間後には忘れるから救われる。

今日は仕事が済んでから、いくつかのおかずを持って母のところへ行く。
明日行くわよ、午後から行くからね、などとは決して告げない。
その電話に対する確かめの電話が母から10回はかかってくるからである。

今から家出るから30分で行くから待っていてね、とだけ言うの。
おかず持ってゆくからね~♪と聞いて、母は電話を置き、泣けてくるそうである。
そんなことを聞くと、こっちもシンミリしちゃうのよ。

お腹は空いてないんだけど、疲れてるから甘いものが食べたいのよ。
と、母と近所のティールームへ行きケーキを食べる。
いつものように、何十遍も繰り返す母のハナシを聞く。

母は、いまだにうちのおじいちゃんが生きていると思っている。
ホラ、もうそろそろおじいちゃんがデイサービースから帰ってくる頃やろ、はよ帰りや。
と、会うたびに言う。 うん、おじいちゃんは半年前に死んだよ、とわたくしは答える。

へぇそうなん。 おじいちゃんが死んだなんて、ちっとも納得できないのよ、と母。
うん、お母さんちゃんとお葬式にも来てくれたからね。 
と、そのたんびに言うの。 おじちゃんが死んだなんて、忘れてもいいよ。 
いつでも、何度でもちゃんと説明してあげるからね。


♪忘れてもいいよ何度でも言うし

母との付き合い方

あれよあれよという間に、もう10月もおしまいなのですね。
日々、忙しい忙しい~という訳でもないのですが、なんかバタバタしています。
いつもいつも、なんだか心に重~いものをズシンと抱えたような気分。
時々とてつもない不安に苛まれることがあったり、こういうのを
精神的不安定というのかななんて自虐的に考えたりするのです。

父と、同居の姑を10年前に見送り、先頃同居の舅を見送り、あとは母親だけ。
親というものはもう母親ひとりきりなのだから、これから大事に親孝行も
もっとしなくてはと思っているのに、その母は3年前からアルツハイマーを発症。
徐々に、まるでスローモーションで坂道から転げ落ちるような感じで
母の病気は刻々と進行しつつあります。

できなくなることが増える、覚えられないこと、覚えていられないことは
もっともっと増えてきた感じがします。
何かをしてあげても、すぐに忘れられちゃうんじゃ、ホンマ精のないこと
なのですが、でもその瞬間だけでも、ひと時だけでも、母が喜び
母が安心し、母の心が安らげれば、そう思っています。

母との付き合い方はホンマ大変です。 
σ(^^* アタシは、人間ができていないもんですから、いつもしまいには怒り口調、
エキセントリックになってしまうんです。 母にしてみれば、なぜ娘はいつも
怒っているのか、きっとサミシイことでしょうね。 もっとおおらかに、
ゆったりとした気分で母と対峙していかなければ・・・と反省の日々です。

「湯快リゾート」一泊旅行に、女ばかり8人で出かけたのはもう10日以上前、
あれやこれやの記事もほとんどアップできずに、日々が過ぎゆきます。
また、ボツボツとかため書き?(;^_^A (((爆)))


♪同じこと繰り返す母と対峙する

デイサービス一日体験

母を、デイサービスに行かせることになった。
現在週に2回介護ヘルパーさんに来てもらっているのだけれど、
ケアマネさんに、母のようなアルツハイマーの人が通っている通所リハビリがあるので
一度見学してみてはどうですか?と少し前から言われていたんです。

暑さがニガテの母は真夏だといやがるかなと、秋から行かせようかと考えていて、
では、その見学というか一日体験に行くことにしたわけです。
母がすんなり行ってくれるかどうか、一度行ってみないとね。

大阪府指定の、こじんまりした規模の通所介護事業所はアットホームな感じで
初めて行ったのに母はそこでのお仲間に親切にしてもらいすんなり馴染んだ。
アルツハイマーになって以来、今までの友達とはほとんどお付き合いがなくなり
結構孤独をしていたから、たくさんの人と交流ができて嬉しかったのかもしれない。

そこに行っている人は体は元気で身体介護をほとんど必要としない人が多い。
だけれど、軽度のアルツハイマーを発症している人がほとんど。
おしゃべりや体操、手芸ごとなど自分の好きなことをして時間を過ごす。
お昼ご飯やおやつをいただいて、必要であれば入浴をして帰ってもいい。

母は自分がアルツハイマーで徐々に進んで行っていることを自覚しているので、
普通の人と付き合ったりすることに臆病になっていた。
でも、自分と同じような年頃で重度ではない軽度のアルツハイマーの人との
交流は気がラクなのかとても楽しそうにしていた。

お昼ご飯の時間になって、母が他の利用者さんと楽しそうに
食事をするのを見届けてわたくしは帰宅。

夕方になって、母が電話してきた。 今日は楽しかったわ、いろいろ面倒を
かけてすまなかったわねぇ。 あそこに行くことにするヮ・・・とね。
しばらく週一のペースで通ってみることにする。 閉鎖的だった母の生活に
変化ができて、日々の張り合いのようなものができるといいな。

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♪友達ができそう母に初のデイ

指南役はもういない

ちょうどひと月前の6月18日に、いつものように介護タクシーを呼んで
おじいちゃんを病院の検診に連れて行ったのだったなぁ。
おじいちゃんが亡くなってからしばらくの間、なんか心がちょっと重たい、
そんな感じを抱いていました。 これはなに?

ずっと考えていたんですけど、喪失感という感じなのだなと気づきました。
いつも体調や精神面のケアが気にかかり、具合が悪く
なりはしないかとのシンパイの種がおじいちゃんでした。
精神的に手枷足かせをはめられる、そんな感じが常にあったのです。

もうきちんきちんとお食事を運ばなくてもよい、咳ばらいやしわぶきひとつにも
聴き耳を立てなくてもよい、外出先から大丈夫だろうかと飛んで帰って
来なくともよい、お腹の調子や便の出具合などに心を配らなくともよい、
夜中に、ナースコールのようなおじいちゃんの呼び鈴、が鳴ることももうない。

そんなこんなのお世話が一気になくなったのだから、
圧倒的にラクにはなった。 けれど、なんかスカみたいなのですよね。 
もうじゅうぶんに世話をかけたから、ワシの面倒はこれから先みなくともいいよ・・・・
そう急に突き放されちゃうと、こっちは未だに戸惑っちゃっていますよ、おじいちゃん。

面倒がかからなくなった分、これはどうする? あそこはあれでいいかしら?
う~ん、これ何とかならないかなぁ、日々の暮らしの中の指南役とも言うべき
おじいちゃんの存在がなくなってしまったことに、
ちょっと戸惑っちゃっているのです。 寂しいんでしょうね・・・。

おじいちゃんがいなくなったことに、少しは慣れてきました。
人間って不思議ですね。 今まで何度も病気をし、入院をし、晩年はほぼベッドに
寝たきりでしたから、お世話とか介護は結構タイヘンだったのかもしれません。

なのに、タイヘンだったことなど、今となってはよく思い出せないくらいに
きれいに忘れてしまっていて、よくしてもらったこと、おじいちゃんとの
穏やかな会話、喜んでくれたこと、そんなことばかりが
懐かしく慕わしく思い出されるんです。 

そんなこんなで、今日も線香をあげおじいちゃんおはよう♪と
遺影に向かって手を合わせます。 
しかしあれやね、遺影に使った写真は9年前86歳頃のものだけど、
95歳のおじちゃんとあんまり変わらへんし、よ~うニコニコしてはるわ。


♪もうそこにいない私の指南役

終止符

30日午前0時19分に、おじいちゃんが亡くなりました。
その日も午後、そして夕方病院に行ったんです。
7時半頃、脈拍と血中酸素量の値もそんなに悪くなさそうだったので、帰宅。

夜、寝ようかとベッドに入ったところ病院から電話。
呼吸がおかしくなってきたので、至急病院に来て下さい、と。
え~~っ、あちこちに電話するのですが、指が震えて時間がかかります。

かけつけた時には、もう体じゅうの管もはずされて・・・まだほんのりぬくもりが
残ってはいましたが、おじいちゃんの目は二度と見開かなくなっていました。
最期まで、結構意識はしっかりしてたのですけど、呼吸は苦しそうだったし、
29日はもうほとんど言葉を話すということはなかったなぁ・・・

きっと話すのも息をするのもしんどかったんだろうね、おじいちゃん。
最期はすぅ~っと、消え入るように呼吸が止まったのでしょう。
入れ替わり立ち替わり出入りした子ども・孫・ひ孫、
会える人にはみんなに会って、安心して眠りにつくかのように。

それからはバタバタと、家での通夜・通夜式・告別式が続きました。
10年前に姑を見送って以来、よくおじいちゃんの面倒を、そして介護を
してきたなぁと、とても感慨が深い気がします。

看てきたわたくしもそこそこ頑張ったけれど、たくさんの病気をしながら
95歳まで長らえたおじいちゃんはもっともっと頑張ったのだと思います。
おじちゃん、ゆっくり眠ってね・・・・・・ 合掌。


♪終止符を打つ日命を終える時

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